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酢屋茂

酢屋茂

作り方まで、きなり。

明治26年創業、長野県立科町の醤油蔵

長野県立科町。芦田宿という風情ある中山道の宿場に酢屋茂のお店はある。この地で酢屋茂が創業したのは1893年のこと。創業当初は酢の販売(※)に始まり、その後2代目、3代目と代替わりを経て、100年以上続く味噌・醤油屋さんとしてこの地に根付いている。

(※)当時、製造過程で酸味が出てしまうなど失敗が多かった酒を酒蔵から引き取り、味を整えて酢にしたのだそう。酢屋であったことから酢屋茂の名がついた。

地に根付くというのはつまり、地元のお客さんに長く愛されているだけではない。この地域は夏と冬そして昼と夜との寒暖差があり、醤油を育てる微生物に適した環境。この気候環境をそのまま生かした天然醸造を、創業時から変わらず続けてきた。

昔の宿場の光景を想像させるかのような、そのままの店構え。店の奥は今も使っている蔵へと続く。

最愛の醤油蔵へ

酢屋茂のイマイ醤油 きなりを取り扱い始めたのは、わざわざが店を始めて間もない2009年のこと。代表平田が直売所で購入したのが最初で、愛用していたところ、わざわざの常連のお客様が酢屋茂の5代目・今井総一郎さんの奥様であることが判明。偶然をきっかけにご縁が生まれ、取り扱いが始まったのだった。

酢屋茂5代目の今井総一郎さん。

残念ながら今年になってから亡くなられたという、先代のお父様とお話した日が懐かしい。大手の醤油メーカーが大量生産で価格帯の低い醤油を発売していった時にもイマイ醤油はぶれなかった。昔ながらの材料で高品質な醤油を、手に取りやすい価格帯で販売したい。その思いは5代目もしっかりと受け継いで作り続けていることに感動を覚えた。

使い始めてからというもの、病みつきになってしまったイマイ醤油。安心できる素材だけで作られていて、ちょうどいいお値段で、いつでも買える。毎日の料理に使うのにこれ以上の条件を満たす醤油はないと断言してもよいほど。お醤油の価格はもう20年以上も値上げしていないそうで、毎日使うものだからという配慮が身にしみる。

今日はそんな最愛の醤油蔵へ。取り扱い11年、初の潜入である。取材日は醤油の仕込み工程をひとつずつ見せていただいた。先に言っておくが、ここに書かれている醤油の作り方を他の醤油蔵が同じように作っているということではない。

今井さんは決して他の蔵の作り方を否定しない。大きなメーカーには大きなメーカーのやり方があると言う。うちはうちらしくという言葉が胸に響いた。

お店の裏を歩いてすぐの場所にある酢屋茂の工場へ。

3つの原材料、5つの工程。

敷地に一歩足を踏み入れると、建物の外までも大豆の芳醇な香りが漂ってくる。

酢屋茂の味噌・醤油の作り方は非常にシンプルだ。原料は国産の丸大豆と小麦、そして食塩、水。加工済の材料を使わないほか、より短期間で作るため発酵を早める加温も行わない。一定量を作るための機械設備は導入されているものの、製法は昔から変わらない伝統的なものだ。原料さえ工場に運び込めば、ほぼすべての食品づくりの工程がこの中で完結するという。

わざわざのカンパーニュは水・塩・粉だけで作られている。ここに大豆が入ると醤油になるなんて信じられるだろうか? 材料の配分と菌が違うと、全く違うものができる。少ない材料で独自性のある味わいにするには、細部まできめ細やかに神経を尖らせて作ることが必要なのだ。

醤油屋とパン屋と形態は違えど、取材の中で通じ合うものがあった。今井さんの醤油蔵にはそういったシンパシーを感じることができた。

イマイ醤油ができるまで①小麦・大豆の処理

まず始めに、小麦を炒る工程。炒った小麦は皮のまま粉砕する。

次に、上の写真中央にある大きな装置(NK缶、大豆蒸煮缶と呼ばれる)で大豆を蒸す。その後、麹菌を吹き付けながら、先ほどの炒った小麦と蒸した大豆を混ぜ合わせる。

②醤油麹を育てる

これが醤油麹。発酵により熱が発生するのを、中をほぐし空気を送ることで一定の温度に保ちここで2晩寝かせる。「中、触ってみてください」と今井さん。空気を包んでいるかのようにふかふかとした感触がした。

この段階では自然のまま麹菌以外の菌も繁殖しているという。このあと食塩水と合わせることで、耐塩性のある麹菌だけが生き残る。「昔の人はよくこれを発見したな、すごいなと思います」と話す今井さんに対し、「いやいや、今もその知恵を生かした醤油づくりが続いているのもすごい」と感心してしまった。

醤油づくりには「一麹、二櫂(かい)、三火入れ」という格言があるという。独自の醤油を作るためには何よりもこの麹づくりの工程が重要となる。先代もこの工程だけは必ず自分が担当し、他の社員に任せなかったという。現在も今井さんが原料の配合割合、温度設定、時間、水分ほか実に様々な要素を継いで守っている。

③発酵・熟成

次に、充分寝かせて育った醤油麹を食塩水と混ぜ、熟成させる工程。場所は先ほどの大きな工場から、店の奥裏とつながっているかつての蔵へ。ここには古くから使い続けてきた木桶がいくつも並べられている。

繊維強化プラスチックの桶も併用するが、昔ながらの木桶も現役だ。

これが「一麹、二櫂、三火入れ」の、櫂の工程。桶に入っているのは、つい先々週仕込んだばかりだというイマイ醤油 きなりの諸味(もろみ)。2m以上の高さがある木桶を、ぐらつく足場の上で全体重をかけ撹拌する。

素人では足元がすくむような不安定な足場だ。ここで全身をグンと伸ばし、

力を込めて櫂棒(かき混ぜる道具)を奥へ、奥へと、

一気に押し込んでいく。

かき混ぜられるたび、諸味のいかにも重たそうな音が聞こえてくる。

間髪入れずに引き上げ、また奥へ。

このように人がかき混ぜているメーカーは非常に少ないという。全国の醤油蔵を巡ってもめったに見られない貴重な職人の仕事風景だろう。

表面の層は厚くて固く、片手でそっとかき混ぜることはできない。そんな力のいる作業を3名の社員とともに夏は数日に1度のペースで行う。当然、仕込み中の桶は複数あるので、そのすべてに手を入れる。

「この工程こそ自動化しなきゃと思っているんですけどね」と今井さんは笑うが、愛用する醤油がいま現在もこの工程を経て作られていると思うと感激が止まらない。

木桶で2年弱(夏に仕込んだものは1年と数ヶ月ほど。夏を2回通すと今井さんは言っていた)熟成するのを待つ。ちなみに年間通して気温の高い土地であれば、1年弱程度で熟成するという。

④諸味を絞る

熟成した諸味をならして布で包み、何層も何層も積み重ねていく。

諸味を均等にならし整える作業は、職人の目と手によるもの。この作業は1日中続けて行うという。

この中に包んだ諸味が何層も重なっている。一晩は諸味自体の重さで圧をかけ、その後、油圧プレスで絞る。絞られてようやく醤油になる。

⑤火入れ・濾過・充填

発酵が必要以上に進まないように、絞られた醤油に火入れをする。「一麹、二櫂、三火入れ」の言葉通り大切な火入れの工程。一見シンプルな工程に見えてしまうが、一つ一つに長く培われてきた技術と知見が込められている。

続いて、不純物を取り除くために濾過する。ここまでの工程を終えた醤油が、ボトルに充填され私たちのもとへ届くのだ。ひとつひとつの工程に人の手が加えられながら1本が作られている。

大手メーカーの大規模な設備では、工程を分けずに一貫した流れ作業のような形で醤油を作ることもできるという。今井さんの言葉を借りれば、大きなメーカーには大きなメーカーのやり方があり、酢屋茂には酢屋茂らしい作り方がある。どちらも世の中に必要なものに違いないが、ここまで丁寧な工程を見終えた今、酢屋茂らしく作られた食品を大切に味わいたいと思った。

長野で作るということ

味噌蔵も見せていただいた。味噌の製造では大きな木桶は使わず強化プラスチック樽を使っているが、一部は一回り小さな木桶で味噌を作っているそう。

長野に醤油蔵が少ない理由は涼しすぎるからだという。気温が低く、発酵する速度が遅い。つまり一定量の醤油を作るのにより長い年月がかかるということ。より短時間で効率よく作ることを考えれば、醤油づくりに適した環境ではないのだろう。

それでも酢屋茂は天然醸造を続けてきた。そもそもイマイ醤油 きなりは基本的に近隣の地域で流通しているお醤油。たとえば全国的に流通させるために、必要以上の量を生産する必要がない。

気候に適した作り方で、無理のない量を忠実に守ることが、使う人にとってちょうどいいと感じる味噌・醤油づくりの秘訣なのかもしれない。100年以上続く老舗のイメージを良い意味で裏切るように「酢屋茂の事業は、家族でやってきたことを少しずつ大きくしていっただけなんです」と今井さんは飄々と語る。

シンプルで使い続けたくなる味噌・醤油は、地元のため、家族で作り始めた頃から変わらない製法を受け継いできたからこその賜物なのだと感じた。

この味が好きだ。

取材中も酢屋茂の店頭にお客さまが次々訪れて、さっとお買い物を済ませて帰られるのが印象的だった。きっと「醤油・味噌は酢屋茂で」といつも決まっているのだろう。

今井さんは「味は個性だから、味噌蔵・醤油蔵の数だけ味があります。だからうまい、まずいと言われるよりも、この味が好きだと言ってもらえるのが一番ありがたいんです」と話す。

  • 執筆:わざわざ編集部
  • 撮影:若菜紘之
  • 最終更新日:2021.03.03

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