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藤田華子の7日間の着物記録

藤田華子の7日間の着物記録

朝ごはん、読んでいる本、コーディネート、通った飲食店──。断片的な生活の片隅には、その人の個性や生き様がどうしても表れてしまうもの。さまざまな人に、7日間同じ事象について記録をしてもらう新連載がスタートします。さあ、誰かの7日間を覗いてみましょう。

初回は、フリーランスの編集者・藤田華子さんによる7日間の着物記録です。

  • 執筆:藤田華子
  • 編集:あかしゆか

ふだんはフリーランスの編集者をしているが、着物好きが高じて「着物コンサルタント」という資格をとった。俗にいう、師範免許だ。知識を問う筆記試験に、自装(自分で着る)と他装(人に着せる)を、それぞれ鏡を見ずに10分間で仕上げる実技試験。頭から煙が出るほどみっちり勉強したけど、まだ足りなくて、いまは高等師範課というところでさらに学びを深めている。

知れば知るほど、私は着物が好きになる。

なぜ、と訊かれても、自分でもよくわからないのだ。ただ、幼いころから心惹かれ、茶道をやったり、ティーン誌を読んで浴衣の着方の研究をしたりしていた。

身に纏ったときの、からだの芯がすっと立つような、しっくりとした感覚。そして、目の前にある一枚の布を、誰が、どんな想いで紡ぎ、染め、織り上げたのだろうと思いを馳せるときの、胸の奥がじんわりと温かくなるような感慨。それらに満たされる感覚がある。

いまは、着物にまつわるお仕事も少しずつ始めながら、代々木上原にある民藝の器店「IEGNIM(イグニン)」のディレクターも務めている。手仕事や伝統工芸に触れる時間が以前よりもずっと増えた。日常のたのしみの引き出しが、ゆっくりと広がっていくのを感じている。

1日目(8/6)

小鹿田焼の陶芸家・坂本創さんの個展へと足を運んだ。彼のトレードマークは、鮮やかな赤い髪。お祝いの気持ちをそっと忍ばせたくて、私は赤いひまわりが咲く臈纈(ろうけつ)染の浴衣を選んだ。帯は、沖縄のバナナの仲間である糸芭蕉という植物の繊維から作られる芭蕉布のものを合わせた。

夕方に冷たいビールを一杯だけ飲みに行く約束があったから、帯結びは、椅子の背もたれに気兼ねなく寄りかかれる「貝の口」にする。創さんのつくる器は、時にアバンギャルドと称されるが、蝋を叩いて独特のひび割れ模様をのぞかせる臈纈染の浴衣は、そんな彼の器たちに、よく似合っていたように思う。

2日目(8/8)

着付けのお稽古の日。外はうだるような暑さなので、目が涼しくなるように、白地に水色の蝶々がひらひらと舞うお着物で出かけることにした。合わせる帯は、リサイクルショップの片隅で、たった1000円で売られていた花柄のもの。何の花かはわからないけど、夏の終わりにひっそりと咲く芙蓉(ふよう)のようにも見える。

今日のお稽古は、着物の原型である「小袖(こそで)」についての座学だった。熱心なコレクターの方が、江戸時代の小袖を、惜しげもなく私たちの前に並べてくださる。実際に触れていいですよ、と言われ、恐る恐る触れさせてもらった。誰が、どんな気持ちでこの袖に腕を通したのだろう。かつてそれを纏っていた見知らぬ誰かと会話を交わしているような、そんな時間。着物にはこういうことがよくあって、私はその時間が大好きだ。

3日目(8/10)

昼間は打ち合わせや取材が重なり、小走りで移動した。私はよく歩く。一駅や二駅なら、着物を着ていても平気で歩いてしまう。スマートフォンの万歩計は、いつ見ても一日の平均が「一万歩」を超えている。この日も、代々木上原の器店「IEGNIM」から、下北沢の街まで、「山登りもできる」と評判の下駄で歩いた。

夜は、四谷荒木町にあるバー「猫目」へ。私は時折、ここのお手伝いをしている。夜になっても熱がこもったままだったので、さらっとした有松絞りの浴衣を着てお店に出た。店名に寄せて、猫の帯留めを飾る。前職の後輩が「お餞別です」と言って贈ってくれた、大切なものだ。店主の佳菜子さんは、可愛らしい千鳥の浴衣姿で迎えてくれた。ふと携帯を見ると、家で待つオムツが外れたばかりの2歳の子どもが、夜おねしょをしてしまうかもしれないと不安がっているという。佳菜子さんに事情を話し、いつもより早くお店をあがらせてもらった。

4日目(8/13)

ずっとずっと、なぜか憧れていた地・岐阜の郡上八幡へ。愛してやまない作家・さくらももこ先生の施設ができたタイミングで、ありがたいご縁で伺うことになった。「さくらももこと郡上八幡」という館は、余すことなく郡上八幡とさくら先生の魅力を伝えてくれる場所で、大変見応えがあった。ここでしか買えないシールなどを購入。

この日は、夜通し踊り明かすという日本三大盆踊りの一つ「徹夜踊り」。名水で知られる美しい街だから、大学生の頃に買った、もう20年近く着続けているメダカ柄の浴衣を選んだ。

現地で、念願の「おどり下駄」を、私の足に合わせてすげていただいた(すげるとは、下駄や草履などの履物に鼻緒をはめ込んで取り付けること)。

ヒノキの一枚板を削り出した下駄で、地面を蹴るたびに、「カン!」「コン!」と、心地よい木の音が抜けていく。一曲が20分にもおよぶ踊りを、人々のなかに混じってただ黙々と踊り続けていると、だんだんと自分のなかの余分なものが削ぎ落とされ、心が研ぎ澄まされていく。盆踊りとはそもそも、お盆に帰ってきたご先祖さまの魂を慰め、もてなし、お送りするための、切なくてあたたかい供養の営みだ。そのことを思い出しながら、すでにこの世にはいない、祖父や祖母や父、私を愛してくれた人たちの優しい面影に思いを馳せていた。

5日目(8/18)

10月に「IEGNIM」で個展を控えている鹿児島の「龍門司(りゅうもんじ)焼」の作家・川原竜平さんの取材を終え、その原稿に取り掛かる日。鹿児島県の加治木町で、三百年の歴史を守り続ける窯元だ。その器たちは、とにもかくにも、格好いい。職人たちが険しい山へ分け入り、泥や釉薬の原料を採掘するところから、すべては始まる。それを、ゴウゴウと炎が上がる登り窯で、一気に焼き上げる。薩摩の大地と火の力強さを宿した器は、静かな力を放つのだ。

ふと思いついて、知り合いからいただいた大島紬を広げてみる。何度も泥につけ、染め上げられた深みのある絹地。そこに、龍門司焼の箸置きを乗せてみた。土の黒と青が、泥染めの紬に驚くほど調和する。そうだ、この箸置きの裏にパーツをつけ、帯留めにしてみよう。そして、10月の展示会はこのコーディネートで出よう。そんなことを想像する時間が、とてつもなく楽しい。

6日目(8/22)

撮影:なかむらしんたろう

着付けのお稽古で、留袖の着せ方の特訓。出かける前にふと窓の外を見ると、いつの間にか空が高くなり、秋の気配が微かに混じり始めていることに気づく。着物を着ていると、季節の移り変わりに敏感になる。

少し寂しい気持ちを抱きながら、黒いジャガード織の着物に、祖母が使っていた孔雀の羽のような模様の帯を結び合わせた。

この日、お稽古の合間に、ふと考えた。京都の街のように「はんなり」と、華やかで、でもどこか上品に、明るくキメたい日。あるいは、江戸の町人が誇った「粋(いき)」、つまり派手さはないけれど、細部にまで芸の細かい、あか抜けた格好よさを楽しみたい日。どちらが良いというわけではない。ただ、その日の自分がどちらの風を吹かせたいか、ということ。気分に合わせて、それらを自由に往復できるのが、着物の懐の深さだ。今日はパリッと粋な日だったので、秋になったらうんとはんなりな装いを満喫したい。

7日目(8/27)

東京都庭園美術館へ、ルーシー・リー展を観に出かけた。彼女の作品は、どこまでも繊細で、自分の内側にある美だけをひたむきに追い求めた、張り詰めた緊張感がある。けれど同時に、彼女の人生のどこかには、きっと少女のような愛らしさがあったのではないか、とも思う。

だから私は、淡いピンク色の着物を選んだ。8月の終わり。トンボが描かれた、淡いグラデーションが愛らしい。

展示室で、彼女の器たちは息をのむほど光を放っていた。鮮やかなピンク、深い青、そして金属的なブロンズ。極限まで細く作られた高台が、その繊細な器を危ういバランスで支えている。

すっかりおばあちゃんになり、小さくなった彼女がソファで寛いでいるポートレート写真の前に立ったとき、「ろくろを回しながら死んでいきたい」という彼女の言葉が思い出され、涙が溢れた。世界に否定されることがあっても、自らの中の美を、ただただ守り抜いた強さとたくましさ。素晴らしいものを見せてもらった。

その余韻に浸ったまま、目黒にある老舗のトンカツ店「とんき」の暖簾をくぐる。口開けの、まだ静かな店内で、熱いとんかつを頬張り、冷たいお酒を口にする。今日という美しい一日を締めくくるのに、これ以上ない完璧な時間だった。

7日間を振り返って

七日間の記録を終えて、着物を着るということは、相手や場所を想う気持ちを、衣服というかたちに翻訳して表現することなのだ、と改めて思った。それは大袈裟にひけらかさなくていい。ただ、自分だけが知っている秘密の、でも最高に贅沢なたのしみなのだ。

まだまだ私は勉強中の身だ。ここに書き留めたコーディネートも、もしかしたら数年後の私が振り返ったときには、反省点や気恥ずかしさを見つけるのかもしれない。けれど、それでいいと思う。一度にすべてをわかりきってしまおうとせず、一枚の布を愛おしむように、ひとつずつ、学びを深め、この美しいたのしみを一生かけて、味わい尽くしていきたい。

藤田華子

企画/編集者 / 執筆。音楽誌編集や大手企業でのマーケティングを経てフリーランスに。代々木上原で民藝・手仕事の店「IEGNIM(イグニン)」のディレクターを務めつつ、和装にまつわるお仕事も。作り手の想いやモノの背景にある物語を、お届けしていきたいです。

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