パン屋の一年
- 執筆:わざわざ編集部
- 撮影:若菜紘之
夏の過酷、冬の恩恵
灼熱の夏
わざわざの厨房には冷暖房設備がありません。増改築を経て厨房を拡張していった流れから、厨房をこれ以上広げることが困難で、自然のままの環境でパンを焼くことに挑戦し続けています。
パンを焼くためには窯の温度が300℃以上に達するまで、薪を焚べ続けなければなりません。夏は、厨房内に設置された温度計は常に35℃以上を指し示し、窯の前ともなると温度は優に40℃を超えています。一年で最も過酷な季節が夏なのです。
わざわざは24時間生地を発酵させてパンを焼いています。ゆっくりと発酵させたいと思っても環境がそれを許しませんので、管理も一筋縄ではいきません。粉を冷やしたり、生地を冷やしたり、氷を使ったり...。あらゆるものを冷やして発酵を遅らせます。細かいことですが、一つ一つの温度管理が最終的なパンの出来上がりに影響するので、24時間発酵を守りつつ自然環境に合わせてパンづくりを行っています。
もちろん自分を冷やすことも忘れてはいけません。灼熱の厨房で長時間働き続けるためには、こまめなクールダウンが必要不可欠なのです。窯からなるべく距離をとり、塩をつまんで水分補給をします。
そんな苦労を重ねながら、うまく焼けたときの気分が最高です。毎日その気持ちを味わえるように焼き上げまで慎重に、サウナの様に蒸し返す厨房で今日もせっせとパンを焼いています。
待ちわびた秋
わざわざのある長野県東御市御牧原は標高700mに位置しており、夏はとても短いのです。猛烈な暑さに悪戦苦闘している間に、気づいた頃にはあっという間に夏は過ぎ去ってしまっています。
あれだけ秋を待ちわびたのに、過ぎてみると「夏も終わりかあ。」と急に感慨深くなったり恋しくなったりするのです。ですが、秋はパンの季節です。あんなに大変だった発酵管理が順調になり、気持ちよくパンが焼ける季節になります。冷蔵庫で無理やり粉を冷やすことも徐々になくなり、パン生地も室温で発酵させるようになっていきます。秋のパンはまっすぐに発酵し、伸び伸びとした癖のない味に育ちます。
秋が過ぎるとすぐに冬がやってきます。わざわざの冬はパンづくり部最大の繁忙期。毎年クリスマスにかけての大イベント、シュトレンの製造販売が始まります。イベントに向け、シュトレンの材料を発注し、フルーツの漬け込みを行い、準備に勤しむ時期が秋です。
冬の恩恵
実はわざわざのパンづくり部で一番忙しいのが冬です。年間におよそ4000本を販売するシュトレンの焼きながら、いつものパンも焼いていきます。最も沢山の注文があり、沢山のパンを焼く繁忙期の始まりです。
寒さが厳しくなり、早朝の道路が凍てつくこともしばしばです。他の季節より30分ほど余裕を持って起床します。雪が積もっていないことを確認し、車のエンジンをかけガラスに降りた霜を溶かします。ツルツルに凍った道路に怯えつつ、なるべく慎重にゆっくりと車を走らせて出勤しします。
朝一番の仕事は悴んだ手をこすりながら、窯に薪を焚べることです。火の安定に伴い、室温も徐々に上がり始めます。暖を取るために窯に背中をぴったり押し付けると、じんわりと寒さが和らいできます。
冬の窯は働く人にもパン生地にも優しく、薪窯の良さを実感させてくれます。昼過ぎになるとせわしなく動くスタッフとは裏腹にパン生地はゆっくりとのんびりと発酵していきます。マイペースな生地に付き合いつつ、できる範囲で発酵を促します。
冬のパンは少し身が引き締まった蛋白な味になります。酸味も少なく控えめな味は、ビーフシチューなどのこっくりとした料理によく合います。季節に応じたパンの味は、自然そのものを体感しているような気がしています。いい塩梅に膨らんでくれよと願いを込めて、明日へと送り出すのです。
待ちに待った春
長く、凍てつく様な寒さの冬がようやく終わり、日に日に過ごしやすい気候になっていきます。朝5時に着くと真っ暗だった厨房は、徐々に明るくなっていきます。だんだんと日が長くなっていく様子を肌で感じることができます。
ここ、御牧原は非常に晴天率の高い地域です。三寒四温を繰り返し、段々と暖かくなってくると、なんだか気分まで高揚してくるようです。それはパン生地も同じ様で、発酵のスピードはぐんぐんと上がります。油断大敵です。
過発酵にならないよう、生地をなだめながら、また季節の恩恵を受け秋と同じようなまっすぐな素直な味のパンの味に変化していきますそうこうしているうちにまたすぐ、夏がやってくるのです。細心の注意を払いながら、今日もパンを焼くのです。
うまく焼けたパンを並べる幸せを店頭のスタッフが感じてくれたら、そして、それをお客様が楽しそうな姿で購入していくのを厨房から眺める時が一番幸せです。皆様のご来店をお待ちしております!