大きくも小さくも見せない、ありのままを。
- 執筆:土門蘭
- 撮影:若菜紘之
プロフィール
若菜紘之(わかな・ひろゆき)
1983年京都生まれの39歳。大阪の写真学校を卒業したあと、東京でカメラマンとして就職。32歳で長野に移住し、フリーのカメラマンに。2016年、わざわざのパンづくり部にアルバイト入社。現在は社員として編集部としくみ部を兼任しており、わざわざのコンテンツの撮影・監修や、人事・採用のサポートなどを行っている。
「地に足をつけて生活する人」に憧れていた
ー若菜さんは京都出身ということですが、長野に移住するまではどんなことをしていたのですか?
関西の写真学校を卒業した後、25歳で上京してカメラマンとして働き始めました。写真スタジオと制作会社にそれぞれ数年いて、長野に住み始めたのは32歳の時です。1年ほどフリーランスでカメラマンをした後、わざわざにアルバイト入社しました。
ーずっと写真の仕事をしてきたんですね。
もともと、手に職をつけたいという気持ちが強かったんです。仕事で使える資格をとろうと考えていたのですが、その頃趣味で始めた写真にどんどんハマって「これを仕事にできないだろうか」と。難しいとは思ったのですが、初めて自分が心からやりたいと思えることに出会えたので、本気でやってみようと思いました。
ーそれで、本当に夢を叶えていったわけですね。でもなぜ途中で長野に?
写真と出会った頃から「地に足をつけて生活している人」に憧れがありました。特に、地方で事業をしつつ土着的に生きている人に興味があって。東京にいる時もずっとそんな方たちが気になり、自分もそうなりたいと思っていました。それで、地元や東京からも行きやすくて、広さや自然の多さもちょうどいい長野に住もうと思ったんです。
もう一つ考えていたのが「写真だけじゃ食べていけないかもしれないから、他にも生業を作りたい」ということでした。パンを焼くなりコーヒーを焙煎するなり、そこにない仕事を作れたらどこでも暮らしていけるんじゃないかなって。
そんなことを考えていたら、わざわざを見つけたんです。地方でしっかり地に足をつけて、パンを焼いたりデザインしたりと、僕がやりたがっていることを実際にやっている人がいる。それが平田さんだったわけですが、興味を持つ反面悔しさもあって、ブログも気になるけど読まないようにしていましたね(笑)。だけど移住してみたら、わざわざが結構近いことに気がついて。それで最初はお客さんとして通っていました。
ー「地方で地に足をつける」「複数の生業を持つ」。若菜さんの目指す働き方と、わざわざのあり方がリンクしていたわけですね。
はい。通っているうちに、わざわざが1日仕事体験を行っているのを知り、どんなふうに仕事をしているのか気になって申し込みました。その時は厨房の手伝いやお皿洗いをしたのですが、後日平田さんから連絡があって「カメラの仕事も続けつつ、うちでもアルバイトしてみませんか」と言われたんです。力仕事もできるし写真も撮れるから、ちょうどよかったのかもしれないですね。僕もわざわざには興味があったし、写真を続けつつパン作りも学びたかったから、それは願ったり叶ったりだと思い入社しました。
わざわざのクリエイティブは「過不足がない」
ー入ってからはどんなふうにお仕事を?
フリーランスの写真の仕事は東京の方が多くて、よく出張に出ていました。東京に1,2週間ガッツリ行って、長野に帰ったらわざわざに入って……とランダムな感じでしたね。お店の手伝いをしつつ、ECの商品ページ用の写真を撮ったりしていました。
ー翌年には社員になったということですが、そのきっかけは何だったんでしょうか。
平田さんに声をかけてもらったからなんですが、僕自身、それまでの働き方に違和感があったんです。地方で地に足をつけたいと思っていたのに全然できていないなって。それで、これからは腰を据えてちゃんとここで働こうと思いました。
もう一つ大きかったのは、わざわざがクリエイティブを大事にする会社だったことです。ここなら地方でも都会に負けない仕事ができるんじゃないか、東御市の中だけじゃなくて外とも勝負できるのでは、と思いました。
ー実際に入社してみて、その期待通りでしたか?
わざわざ自体は期待通りでした。一方で、自分が自分の期待に応えられていないと思うことがたびたびありましたね。他の人のいい仕事を見た時に悔しくなって「もっと頑張ろう」って思ったり……。
ただ、僕がいくらクリエイティブを追求したくても、わざわざはあくまで「パンと日用品の店」で、クリエイティブ自体が商売ではないんですよね。かっこいいクリエイティブよりも、パンと日用品がちゃんと売れてお客様に喜んでもらえるクリエイティブが100点なんです。その辺りのジレンマは、少しありました。
ーちなみに、若菜さんが理想とするクリエイティブってどんなものでしょう?
単純ですけど「人を感動させるもの」ですね。「きれい」であったり「おもしろい」であったり、感動の理由はなんでもいいんですけど、人の心が動くような。
ーでは、わざわざにおけるクリエイティブの理想はどうでしょうか。
入社したばかりの頃、その辺のことは平田さんと何度もすり合わせをしました。わざわざの世界観ってどういうものだろうって。その中で行き着いたのは「大きくも小さくも見せない」ということでした。良いところを誇張したり、悪いところを隠したりなど、嘘がないことです。
僕、その話をしたときに一個レンズを売り払ったんですよ。それは家の撮影なんかに使う、空間が広々と撮れるレンズなのですが、わざわざでは無理に大きく見せることは必要ないなと思って手放したんです。
ーわざわざでは、ありのままを撮影するのが良いと。
そうです。質感をより良いように見せる必要も、ボリュームがよりあるように見せる必要もない。正直、これまではそんな撮り方をすることもありましたが、わざわざでは必要ないと思いました。なぜなら、それを見て購入されたお客様が、商品が届いた時にがっかりするといけないからです。ありのままを伝えて、いかにECサイトとのギャップをなくすか。それがわざわざにとっての良いクリエイティブだと思います。
ー若菜さんが理想とする「感動させる」クリエイティブと、わざわざが理想とする「ありのままを伝える」クリエイティブ。先ほど「ジレンマ」という言葉が出ましたが、確かに両方を同時に叶えようとすると難しそうですね。感動を作るにはある種の過剰さが求められがちなので。
そこが本当に難しいです。その2つを両立させるためには、商品が持っている魅力を深く理解しないといけないと思います。ただ、自分がわざわざに適性があると感じたのは実はこの点で、僕自身わざわざで扱う商品が好きでよく使っているんですよ。商品に興味を持ち、魅力を理解できているというところは、わざわざでのクリエイティブに活かせていると思います。
自分のためではなく、お客様のために
ー入社してから8年ですが、その間にわざわざを辞めたいと思ったことはありますか?
続けようかどうか悩んだことはあります。ただそれはわざわざに不満があるわけではなく、自分の中で折り合いがつけられなかったのが理由ですね。
と言うのも、カメラマンという仕事にこだわると、やっぱりフリーランスで働くのが一番正しいあり方のような気もしていたんです。会社に属すと仕事が降ってくるから、1本1本にかける熱量がフリーよりも落ちてしまうイメージがあって。カメラマンとして会社に属すのが本当に正しいのか、悩んだことはありましたね。
ーなるほど。
ただ、わざわざで働くうちに、フリーランスでは得られないものがここにはあるなと強く思うようになりました。それは「お客様の顔がちゃんと見える」こと。この経験が自分の中ではすごく大きくて、積極的に接客もしていました。
フリーランス時代にもいろんな商品を撮っていましたが、それを買う方の顔って見たことがなかったんですよ。なんとなく想定はあったけど、実際に会うことはなかった。フリーランスに戻るとこのお客様の顔が見られなくなってしまうのかと思うと、辞められなかったですね。それがおもしろいから、ここにずっといたいと思うのかもしれません。
ーお客様の顔が頭に浮かぶかどうかで、クリエイティブも変わるでしょうね。
はい。それに気づいてからは、仕事に対する姿勢も変わってきたように思います。今までは自分の成長のために仕事をしてきたけれど、わざわざではお客様にどうしたら喜んでもらえるかを第一に考えるようになりました。お客様がちゃんと商品を買ってくれて、次もまたここで買いたいと思える写真が撮れているかどうか……それは大きな変化でした。仕事においては当然なことだとは思うのですが、わざわざでようやくそれに気づけましたね。
おもしろくなければ自分でおもしろくすればいい
ー若菜さんにとって、わざわざと自分がマッチしていると感じるところはどこでしょうか。
わざわざって、僕だけじゃなく、みんなにとって適材適所な働き方ができる会社だと思います。それぞれ得手不得手があると思うけど、特性を活かせば仕事になる。僕自身ここでそのことを学んだし、どんな人でもわざわざで働けると思っています。
ただ、そのためには自己理解と自己開示が必要です。自分がどんな人間かをわかっていて、それを周りに伝えられること。それができていなければ適材適所も機能しなくなる。だからわざわざで働くには、その2つが大事だなと思います。
ー本当にその通りですね。最後に、わざわざの好きなところについて教えてください。
「ルールがない」ところでしょうか。わざわざにはルールが最小限しかなく、「その時々で最善の選択をすればいい」という考え方があります。だからと言って「なんでもあり」というわけではありません。自由でいるためには、まずは型を身につけないといけない。まずはわざわざや自分のことを理解して、全体を俯瞰して、あるべき型を身につける。そのあとようやく、型を破ってもいい段階になるんだと思います。すごく難しいことですが、ルールがないからこそ、自分で考えて変えていける会社だと思います。
今でもよく覚えていることがあるのですが、あるとき飲みの席で外部の方に「若菜くんはわざわざをいつ辞めるの」って冗談っぽく言われたことがあったんです。それで僕「わざわざがおもしろくなくなったら辞めます」って言っちゃったんですね。平田さんも酔っていたし大丈夫だろうと思っていたら、翌日めっちゃ怒られました(笑)。「自分でわざわざをおもしろくすればいいじゃん」って。
おもしろくなければ自分でおもしろくすればいい。不満があれば自分で改善すればいい。わざわざにはルールがないから、それができる。それが、わざわざの好きなところです。