コンテンツへスキップ

カート

カートが空です

岡住さん(男性)の凛とした横顔

「よき人生とは、ぼくの人生。胸を張ってそう言えます」GOOD LIFE #02 岡住修兵

取材当日。取材陣は、秋田県の男鹿市にいた。

「クラフトサケ」と呼ばれる新しいジャンルの酒づくりに取り組むだけではなく、男鹿市でラーメン屋、雑貨店、食品加工所、予約制レストランなどを手がけ(現在はホテルやスナックも計画中だという)、包括したまちづくりを行う「稲とアガベ」「男鹿まち企画」の代表・岡住修兵に話を聞くためだ。

彼は、男鹿の町を案内してくれている間、何度も何度も土地への愛を、そして「稲とアガベ」のスタッフへの愛を口にした。「ぼくは、みんなを愛していますから」。そう恥ずかし気もなく言い続ける。

なぜ彼は、そんなに真っ直ぐに言葉を紡ぎ、前を向いて進んでいけるのだろう──。そんな疑問を胸に抱きながら話を聞いていくうちに、彼の中には「迷い」がないということが見えてきた。大学時代の経験から、彼は「迷う」ことをやめたのだ。だからこそ、ひたむきに、真っ直ぐに、愛を携えて歩んでいける。

GOOD LIFE第二回では、彼の人生哲学を、岡住の思う「よき人生」とは何かを聞いた。

  • 執筆:あかしゆか
  • 撮影:若菜紘之
  • 編集:あかしゆか

「愛している」を恥ずかし気もなく言う男

平田:この取材は「よき人生とは何か」について、いろんな人に話を聞いていく連載なのですが。今日稲とアガベを案内してもらって岡住さんとお話しているの中で思ったこととして、岡住さんは、「みんなを愛してる」みたいな、普通の人だったら恥ずかしくて言えないようなことを自然に言いますよね。すごい。あれ、わざと言ってるんですか?(笑)

岡住:いやあ、あんまり意識していないですね。もうそういうふうに思い込んでるし、普段から言っているので。

僕、恥ずかしいことってほぼないんですよ。たとえばその場で「決めゼリフを言ってください」って言われたとしても言えちゃいます(笑)。

平田:すごいですよね。本当にまっすぐなんだ。

岡住:まっすぐ生きたいです。GOストレートで。人に気を遣ったり、ウニョウニョして生きていきたくないんですよね。

平田:私もどちらかといえばまっすぐなタイプなんですよ。でも、岡住さんとはちょっと違う気がします。岡住さんは太陽みたいなのかな。

岡住:めちゃくちゃ「陰」な人間なんですけどね。普段は全然しゃべらないし。人はあんまり好きじゃないんですよ。だけど、愛してるんです。うまく言葉にできないですけど、人間っていう存在そのものを愛しているのかもしれない。

平田:ああ、それはちょっとわかるかもしれません。「人づきあい」と「愛」ってまた別な感じがしますよね。

岡住:人間という存在そのものが僕は愛しいと思うんですよね。みんな平和を望んでるはずなのにいざこざが起きてしまったり、矛盾をはらんでいたり。人間の営みそのものをおもしろいと思っていて、それらをちょっと遠くで離れて見ていたい。

「稲とアガベ」には学歴も職歴も様々な人がいて、優秀な人も、世間的に見たら落ちこぼれな人もいるんですけど、その全てがカオス的に存在するこの組織が僕は好きなんです。できないやつもできるやつも、僕にとってはほとんど一緒です。全部、愛しい人間。

平田:すごくわかります。

岡住:僕は会社を経営するにあたって、「みんなの人生を使わせてもらっている」感覚があるんです。だから、僕のところにいてくれることが最善の選択であってほしい。世の中無数に会社があって、ごまんとある選択の中で「稲とアガベ」が一番いい選択肢だという確信が持てないと、人の人生なんて使えないですよ。

僕の叶えたい夢のために、自分の人生を使ってくれている。そういう人たちは、どれだけできようができまいが、みんな愛しています。彼らの人生をより良くしてあげたい。僕たちの会社にいて、死んだときに「岡住さんのところで働いてよかった」と言ってもらうことが、僕の経営者としてのひとつの目標です。

取材日、稲とアガベが手掛けるラーメン屋「おがや」には長蛇の列ができていた

万能感にあふれた幼少期と、悩みに悩んだ大学生時代

平田:岡住さんの愛に満ちてまっすぐなその感じは、どこから来たのでしょう。どんな子どもだったんですか?

岡住:小中高とサッカーをやっていて、活発な方だったんじゃないかなと思います。運動は苦手じゃなかったです。でも、性格は達観してたかもしれないですね。斜に構えてた。

平田:私とおなじです!(笑)

岡住:多分、本をたくさん読んでたからだと思います。ずっと本が好きで、実用書も小説も、ジャンル問わずいろいろと読む子どもでした。

ある日「どうして小説を読むの?」と友達に聞かれたことがあったんです。その時に、僕は「小説って、小説家の神の視点みたいなものがあって、そこから登場人物の視点がそれぞれ見える。本を読むだけでいろんな人の視点や人生を学べて、それがすごくおもしろい」って言ったことを覚えています。本を読めば、人間のことがわかる。それが楽しくて。

その他に、本を読むことで「俺は勉強ばかりやっている人とは違う知識を持ってるんだ」と言いたい気持ちもあったかもしれないですけど。

平田:ああ、わかります。私も中学生のとき、本をたくさん読んでいたし、周りのみんな全員馬鹿だと思ってました(笑)。

岡住:(笑)。僕も、ずっと自分が一番かしこいと思っていて。

平田:でも、ずっとそのままじゃいられないんですよね。私は20代の頃にDJを目指して挫折したわけですが、岡住さんは人生の中で挫折ってあったんですか?

岡住:高校くらいから、どんどん理想と現実の自分のギャップが開き始めたんですよね。自分自身に対する自信はあるのに、世間軸での評価がついてこなかった。「俺はこいつらより頭がいいから、やればできる。ただやらないだけ」というスタンスで全然努力しないから、もちろん受験も成功しないわけです。

能力的には彼らには何も劣ってないはずなのに、僕はどうしても努力することができない。なぜ努力ができないんだろう? それが高校、大学時代の悩みでした。

そしてギャップが開いていくと、やっぱりつらいんですよ。理想と現実のギャップがあればあるほど人間は悩む。悩んで、悩んで、悩んで、大学生のある日、ついに電車でパニックになっちゃったんです。過呼吸になって体が動かなくなって。精神的に病んでしまったんですね。

平田:そうだったんですか…。

岡住:病院に行ったらうつ病と診断されて。もう大学に行けないし、卒業もこのままだとできない。けど辞めることもできなくて、「僕の人生これからもう何もないじゃん」という気持ちになり、本気で死にたいと思いました。

でも、死にたくても死ねなかったんですよね。死ねないんだったら死ぬまで生きるしかない。それで、「どうやったら悩まない生き方ができるんだろう?」とひたすら考えました。

最初は、やりたいことや好きなこと、向いてることをもちろん探して。でもなかなか見つからない。で、なぜ悩むのかなと考えたら、「選択肢が多すぎるから悩むんだ」ということに気がついたんですよ。現代は選択肢がたくさんあって、どの道がベストかわからない。だから悩む。それならもう「選択肢を狭めればいいじゃん」って思ったんです。 

平田:ああ、すごくわかります。私もDJをやめてパン屋を開こうと思った時、まさにそんな気持ちでしたから。

岡住:一昔前まで日本では、自分の父親がどういう身分かによって自分の仕事が全部決まっていましたよね。そういう時代って、僕はある種幸せだったんじゃないかなと思うんです。

だから僕もそういうふうに、何も理由なく「これ!」っていうものを決めて、あとはその界隈の中で一生懸命生きることにしました。そうすれば悩まないんじゃないかと思って。

それでたまたま部屋を見渡したら酒が転がっていて、「酒で生きていこう」と決めたんです。

悩まないために、「理由」を捨てた

平田:岡住さんがお酒の道に進んだのにはそういう背景があったんですね。

岡住:はい。酒で生きていこうと決めたあと、「日本人だし日本酒か」みたいな感じでジャンルを日本酒に決めました。もちろん日本酒は好きだったんですよ。でも「好き」を理由にしてしまうと、嫌いになったときに続けるのが嫌になってしまうじゃないですか。根幹の理由が崩れると、「どうしてこの道に進んだんだろう?」ってまた悩む可能性があると思ったんです。

僕はもう、悩まない生き方をしたかった。だからこそ「日本酒で生きていく」、そして「それには理由がない」って決めたんですよ。

平田:ああ、なるほど。悩まないために理由を捨てたんですね。

岡住:そうなんです。さらには日本酒業界の中で、「作る」っていうことを決めちゃうと、作ることが向いていない時にまた悩むじゃないですか。だから「日本酒」という枠だけ決めて、その中で「何をするか」は柔軟にすることにしました。作るのが向いていたら作ればいいし、売るのが向いていたら売ればいい。

こういう生き方だったら、僕はおそらく死ぬまである程度ずっとステップアップし続けられるんじゃないかなと思ったんです。中高大と悩みに悩んでしんどかったので、とにかく悩まない生き方がしたかった。それで「日本酒」と決めたことが僕の中ですごくシンプルで良かったんですよね。日本酒業界がどれだけひどい業界だろうが何だろうが、日本酒業界にい続けよう。続けたら、何かあると。

平田:おもしろいですね。岡住さんのまっすぐさは、一度どん底まで悩み抜いて、そこから「決めた」というところから来ているんでしょうね。

今って、「選択肢を増やそう」ってすごく言う時代じゃないですか。でもそのせいで、逆に決められなくて悩む人が増えているんだろうなとも感じます。自分の向き不向き、強み弱みみたいなのを客観視するのって、想像以上に難しいですから。

岡住:やってみないとわからないですしね。最近は高校生や大学生向けに講義する機会があったら、こういう決め方もあるんじゃないかなと話すようにしています。

人生哲学は、「どうせ死ぬ」と「利他である」

岡住:日本酒の道で生きると決めてから、僕には人生哲学がふたつあるんですよ。

平田:なんですか?

岡住:ひとつは、「どうせ死ぬ」という感覚を常に持ち続けること。

僕は大学時代、死にたいと思っても死ねなくて、生きるしかないと思って生きています。けれど、そんなことを言っても結局人間はどうせ死ぬんですよ。明日死ぬかもしれないし、30年先に死ぬかもしれないし、それは誰にもわからないけれど、いつか「どうせ死ぬ」ということだけは決まっている。だからどうせ死ぬのであれば、最期のその瞬間まで、何とか楽しく頑張って生きる努力をし続けたいと思っています。

 

岡住:もうひとつは「利他である」ということ。高校時代にどうして僕は努力できなかったんだろうと考えると、すべて「自分のため」だったからなんですよね。僕は別に自分に対して劣等感があるわけじゃなかったから、努力する理由がなかったんです。

劣等感があると、それを克服するために人は努力すると思うんですけど、僕にはそういうのが特になく、そこそこ家庭環境も良かったので頑張る意味がなかったわけです。だから努力できなかった。

だからこそ、僕が努力して理想の自分とのギャップを埋めていくためには常に「利他」であるべきなんだと気づいたんですね。自分ではなく誰かのために。これなら努力できるんです。

「どうせ死ぬ」と「利他である」。このふたつが僕の人生哲学で、これに気づいてからは生きるのがずっと楽です。どんな問題が起きても、どんな困難なことが起きても、すべてそこに帰結できるんですよ。

平田:すばらしいですね。特に「利他である」ことにはすごく共感します。私もそうです。自分のためよりも、人のため。なんで力がこんなに出るんでしょうね。

岡住:わざわざの理念も、「全ては誰かの幸せのために」ですもんね。平田さん自身も、利己よりも利他の方が力が出るからああいうことを掲げているんですよね。僕も全く一緒です。

人にあまり興味のないふたりが、「人のために」だと力が出ると思ってる。おもしろいです。

平田:今日お話を聞いていて、岡住さんとはすごく似ているなと思う部分がたくさんありました。最後に、岡住さんにとってよい人生とは何でしょうか?

岡住:よい人生……。考えたこともないけど、僕の人生こそがよい人生なんじゃないですか?

平田:すごい!(笑) よい人生とは僕の人生。いい言葉ですね。

岡住:悩んで悩んで死にかけて、そこから這い上がって。今、めっちゃ幸せですよ。こんなに楽しいことはない。昔悩んでいたからこその感動もありますしね。大学時代の僕に教えてあげたいです。「おまえ、15年後むっちゃ楽しいよ! だからがんばれ!」って。とりあえず死ぬな。生きときゃあ、きっと何とかなるからって。

その感覚を僕は関わってくれているみんなにシェアしたいし、みんなにもそうあってほしい。よき人生を歩んでほしいなと思います。

 平田:「よい人生とは自分の人生」って言うために、みんな頑張っているところがありますよね、本当に。私も死ぬときにそれを言いたいです。

岡住:ですね。死んだ後に空の上に行って男鹿の町を見おろしたときに、僕が作った会社で豊かな人生を歩んでる人たちがいっぱいいたら、空の上で、むちゃくちゃいい酒が飲める。うめえーって。そのために僕は生きています。

死んだあとにこの町を眺めて、町がなくなっていたらたぶん肩身が狭いし、僕らが借金こさえて作った建物を、後世の人たちが「誰がこんなゴミみたいなのを作って」って文句言ってたら、僕は空の上でまずい酒しか飲めないんですよ。

いい酒を飲むために、僕はとにかくこの土地で利他の精神で頑張ります。死んだあと、町の人たちが「ありがとう岡住さん」って言ってくれたら、そうかそうかって。そのために、最後までよき人生を歩んでいきたいですね。

あかしゆか

1992年生まれ、京都出身。大学時代に本屋で働いた経験から、文章に関わる仕事がしたいと編集者を目指すように。 現在はウェブ・紙問わず、フリーランスの編集者・ライターとして活動をしている。2020年から東京と岡山の2拠点生活をはじめ、2021年4月、瀬戸内海にて本屋「aru」をオープン。

あかしゆかの記事をもっと見る

特集