
よき人生は「筋を通す人生」
平田:藤原さんは、「よき人生とは何か」と聞かれたら、どう答えますか?
藤原:それはもう、「筋を通す人生」に尽きると思っています。
平田:潔い。かっこいいですね!
藤原:僕は「仁義」という言葉が大好きなんですよ。小さい頃から、映画だと北野武監督作品のヤクザものとか『キングスマン』のような任侠もの、漫画だと『ドンケツ』とか、ああいう義理人情の世界に憧れていて。
平田:「仁義」や「筋を通す」といった言葉は私も大好きです。私も筋が通ってないことや曲がったこと、前こう言ってたのに言ってることとやってること違うじゃん、みたいなことが許せないんですよ。
藤原:同じですね(笑)。だからその分、人ともぶつかってきた人生なんです。中学生の時もサッカー部をやめて、バスケ部をやめて。球技は好きだけど、理不尽な体育会系の上下関係が本当に苦手でしたね。
「なんで校則って厳しいんだろう?」とか「なんで買い食いってダメなんだろう?」とか、そういう小さな疑問をどうしても見逃すことができなかった。それらをすべて友達や先生にぶつけていたら、「めんどくせえな」「しょうがなくない?ルールなんだから」と呆れられてしまう。
感情論じゃなくて「なんで普通におかしいと疑問に思わないの?」と引き下がれなくって、学生時代はどんどん周囲とのキャッチボールができなくなっていきました。中学2年生の時かな。三学期、ついに学校に行かなくなったんですよ。学校に行ったふりをして、近くの公園や自宅にずっといましたね。
平田:なんだか私の幼少期を見ているみたいです……(笑)。
「それはわがまますぎるんちゃう」?
藤原:なんとか中学校は卒業して高校に進学したんですが、どうしても行きたくなくなって、1年生の時に高校をやめました。
平田:えっ。
藤原:私立の中高一貫校の学校に通っていたのですが、エスカレーター式に進級するその環境がどうしても嫌で、両親に「都立の高校を受験したい」と言ったんですが許してもらえなくて。結局そのまま一貫校の高校に行きましたが、耐えられなくて、土下座をして許してもらってやめました。
でも、そのあと都立の高校を受験してみたけれどすべて落ちてしまって。それで、行く学校がなくなってしまった時、父親が頑張って通える高校を探してくれたんです。結局また私立の学校で、さらには小学校からの一貫校だったので、高校から途中で入学してくるやつなんていない。もちろん馴染めない。またやめたい。どうすればいいのかわからなかったですね。
平田:どうやって乗り越えたんですか?
藤原:その高校はやめずに通い切りました。というのも、兄貴とふたりで話していて、「新しい学校も馴染めなくて、またやめたいんだよね」と愚痴を漏らした時に、彼が「それはちょっとわがまますぎないか?」とはっきり言ってくれたんです。
自分からやめたいと言って高校をやめて、受験して失敗したから親の力を借りて新しい学校に無理やり入って、そこも今度またやめたいって、お前、さすがにわがまますぎだろうと言われて。それは確かにそうだなと思ったんです。その時は、「やめない」ことが筋を通すことだと思えた。
だから、学校を楽しもうとは思えないけど、その高校は絶対に卒業しようと思いました。ライブハウスなど、学校以外のコミュニティに顔を出したりして、どうにか平穏に自分が過ごせる場所を見つけて卒業しましたね。
なので、僕は小中高で今でも会う人はほぼいないんですよ。ずっと居場所を見つけられない、そんな子ども時代でした。
はじめて楽しいと思ったのが、「兄と働くこと」だった
平田:そこからどうやって藤原印刷を継ぐに至るんでしょうか。
藤原:まず、兄貴は大学時代にものすごく遊んでいたんですが、そんな彼が新社会人になって大変そうな様子を間近で見ていて、「やっぱり大学で遊ぶと社会人になってから苦しむんだな」と思ったので、大学では僕は絶対に遊ばないぞと決めていたんです。
平田:あはは。反面教師ですね(笑)。
藤原:そこで、大学1年生の春休みから人材系のベンチャー企業で営業職として働くことにしました。1年生なのに就活生が使うようなリクルートサイトを片っ端から見て、電話をかけて、「どうにか雇ってくれませんか」とお願いして。もちろん断られることがほとんどでしたが、唯一拾ってくれた会社があって、その会社の人生初の上司との出会いがものすごく大きかったですね。
学校というコミュニティの中では、自分がおかしいなと思ったことを伝える行為は疎まれることだったけれど、その上司はすべてをちゃんと受け止めてくれてくれる人でした。
毎日振り返りをして、今日より明日、明日よりも明後日、どうやって成長していくのかを一緒に考えようと話してくれる。そういう人が側にいる環境が人生はじめてで、感動したんですよね。自分で自分を信じることもできたし、信じてくれる人の期待に応えていきたいというモチベーションにも繋がりました。
働くことが楽しくて楽しくて仕方がなかったです。仕事って、なんて美しいんだろうと。今まで全部いろんなことをやめてきたけれど、絶対に仕事だけはやり続けるぞと決めました。
藤原:それからしばらく経って、就職活動をする前に違う会社も見たほうがいいなと思っていた時に、兄貴が勤めていた会社でアルバイトを探していることを知り、兄貴と一緒に働くようになりました。その経験も大きかった。
兄貴と働くのがすっごく楽しかったんです。机を2つに並べて会議をしたり、契約を取ってきたり、家に帰ってもいろんな仕事の話をしたり。阿吽の呼吸と言ったらありきたりな表現になってしまうけれど、兄貴は僕のことを分かってくれているし、僕も兄貴のことを分かっているし、お互いを生かし合うことができて相性がよかった。
そこから兄貴と一緒に仕事をしたいと思って、兄貴に先に家業である藤原印刷に入社してもらい、追うようにして僕も入社したんです。
兄と比較されることで、確固たる自分を見つけるしかなかった
平田:章次さんの「筋を通す」といったあり方や、確固たる自分自身を持って揺らがない性格は、どこから来ているんでしょうね。
以前、GOOD LIFEでお兄さんの隆充さんにもお話を伺いましたが、ふたりの性格は全然違うじゃないですか。どちらかといえばお兄さんは周囲に合わせて自分を調整していく性格をしているけれど、章次さんは自分の信念を絶対に曲げずに突き進む。同じ家庭で育ったのに、そのふたりの性格の違いが興味深いなと思います。
藤原:そうですよね。話していて思ったのですが、小さい頃から僕はとにかく「兄貴と比較されてきた」という感覚を持っていて、それが大きく影響しているのかなという気はします。親に言うと「絶対に比較はしてない」と言われた記憶があるんですが、僕自身はずっと感じていたんですよ。
たとえば勉強。兄貴は受験の準備をしなくてもさらっと私立の小学校に合格したんですけど、僕は1年間準備して3つ受けたけれど全部落ちたそうです。そういうのを比べて親に残念がられたり。
あとは容姿もそうかもしれないですね。「お兄さんはシュッとしてる」とか、僕の友達にも言われる。コミュニケーション能力も兄貴は高いから、そういうところで比べられることもある。その比較がすごかったから、「兄貴と比べられたくない」「どうすれば比べられなくなるだろう」とずっと考えるようになった。 それが人格形成にも影響していると思います。
平田:私にもとても優秀な兄がいるのでわかりますが、きょうだい間で比べられるのは本当にしんどいですよね。
藤原:そうですね。僕はそれで自己肯定感が下がった云々ではなくて、「比較される」ということ自体が、とにかくすごく嫌だったんです。勉強も習い事も、続く人/続かない人、できる人/できない人という見られ方をする。そこで悩んで悩んでどうすればいいかを考えて、「あっ、もうこれは振り切るしかない」と思ったんですよ。
誰かに比較されてどうこうなるものじゃなくて、「藤原章次」という確固たる自分を見つけないといけない。そういうところから、自分のブレなさは生まれていったように思いますね。
平田:でも、「確固たる信念を持とう」と思っても、なかなか自分自身を見つけるのって難しいじゃないですか。藤原さんがどうやって「自分軸」を作っていったのかも気になります。
藤原:うーん……。これって、何かひとつのきっかけやエピソードで語れるものじゃないんですよ。 もう、それにつきまとわれている人生だったんです。ずっと自分が抱えているもの。
家族の目、友達の目。他者からの目が何をしていても付き纏う人生を、どうすればいいんだろうって、無意識のうちにずっと考えていたんです。
だから時間をかけてでも、「私はこうです」を貫けるようにならなきゃいけなかった。何かを始める。違ったらやめる。小さな選択から大きな選択まで、自分で考えて、自分で決断するんだというところから、少しずつ変わっていったような気がします。
平田:「自分が決めるんだ」という強い意志で、少しずつ、少しずつ。
藤原:そうです。大学生時代に働く先を見つけた時もそう。就職活動をする歳じゃないのに、ひたすら企業に電話して。電話しているときも、家族からは「そんなことしたって働かせてくれないよ?」と言われるけど、家族の目は関係なく、自分が絶対に見つけるんだという気持ちで働けるまでやってみる。
そういうところから、誰に何を言われても、自分が信じてみたい道を突き進んでいこうという性格が生まれていったんだと思います。藤原印刷でクラフトプレスを始めた時も、どんなに無理難題でも「やろう」と思ったことはやる。そう決めたところから動いていきましたから。
平田:なるほど。でも、周囲からお兄さんとずっと比較されて……といった話を聞いていると、兄弟間の仲が悪くなってもよさそうなのに、ふたりはとても仲が良いですよね。
藤原:幸いなことに、周囲は比べてくるけれど、兄貴自体は全然そうじゃなかったんです。「俺が兄貴なんだ、俺のほうが優秀なんだ」っていうタイプじゃなかった。 あくまであの人はずっとフラットで、だから仲良くなれたんだと思います。
平田:たしかに隆充さんの取材の時、自分のことを「衛星的」で個性のある人の周りをうまく回る性格をしているとご自身でおっしゃっていました。ふたりの性格はきっと相性が良いのでしょうね。
藤原:そうだと思いますね。
自分自身の筋を通せる生き方を。
藤原:僕はいま、藤原印刷にこのままずっといようとは思っていないんですよ。
平田:ええっ!
藤原:藤原印刷に入ってもう15年以上が経ち、クラフトプレスの文脈でメディアにも出させていただく機会は増えましたが、やっぱり藤原印刷は印刷業としてのビジネスが主体で成り立っています。印刷の魅力を伝えていくために、自分たちの仕事をおもしろくするために、クラフトプレスを立ち上げて、売り上げを伸ばして、どうやったら売り上げ・会社を変えられるかを頑張ってきました。
でも、売り上げの多くがある程度固定された仕事となると、どうしても自分だけの力ではどうにもできない問題が付き纏います。歴史と伝統は想像以上に重たいもので、さまざまな事情で変えられないものがある。
どれだけパフォーマンスを出して、力をつけても、会社の中での風向きを変えることはできない。それをこの15年で痛感していて、そういう意味では自分の筋を通せていないというか、自分1人の力でできることの限界を感じています。
もちろん兄貴と一緒に今も働きたい思いはある。でも、自分の人生としてはこのままではダメだという感覚も強くあるんです。
だから、すぐにではないですけど、ある程度期限を決めたいなと思っています。辞めるのか、もしくは藤原印刷にいながら自分の会社をはじめてみるなのか、具体的な形はちょっとわからないけれど。
平田:たしかに、私は自分で創業して、自分でビジョンを作って、自分の仕事のやり方も決めているから筋が通らないことがないけれど、創業者が違って、それが家業だとなおさら難しいところはありそうです。藤原さんは、今も戦い続けているということなんですね。
藤原印刷をいつか離れるかもしれないと思うようになったのは、いつ頃からなんですか?
藤原:本当に最近のことですね。去年、実はプライベートでいろんなことがあって。会社の中で取締役になって、責任も役割もやりたいことも増えていくなかで、今の働き方ではどうしてもプライベートとの両立が難しいことを痛感した一年だったんです。
だからこそ、自分の人生のためにも、家業だからという理由でこの会社に残り続けることが本当に正しいのか、いま一度問い直さなければいけないと思いました。自分の働き方や生き方と向き合い、もう一度、「自分の筋を通す生き方は何なのか」を考える時期にきていると思います。
平田:章次さんは、今は、自分の人生で筋を通せていると思う純度はどれくらいなのでしょうか。
藤原:今はまだ20%くらいですね。もっともっと純度をあげて、自分なりの筋を通す生き方を模索していきたいなと思っています。だから僕は、まだまだ「よき人生」の道半ばなんです。






